第一話「幻想郷」




「ねぇねぇ、天気もいいし少し山の方まで行ってみない?」

冬が明け、幻想郷には気持ちの良い日差しが降り注いでいる。
そんな日の朝方
私は、自宅の縁側で読書していると、
友人である岡エリに声をかけられた。

「あら、どうしたの突然」
唐突な誘いに驚きながらも答える。

「こんな日は、外に出なきゃダメだよ。ほら、外はこんなにも気持ちいいよ」
そう言って、その場でくるっと回る。
彼女は今日も絶好調なようだ。

「ところで、何読んでるの?」
私が読んでいた本を指差して言う。
「これ?これは歴史書よ、幻想郷の」
「ふーん、面白いの?」
「別に娯楽のために読んでいるわけじゃないわ、ここで生きていくためによ」

私・・・尾谷スミと友人の岡エリは幻想郷に来てまだ日が浅い。
仕方がないことだが、幻想郷の知り合いも少なく、
この家も人間の村の空き家を勝手に拝借しているだけだ。

「まぁ、なんでもいいけど行こうよ」
エリは手に持っていた包みを目の前に押し出してきた。
「何よそれは、さっきから気になっていたけど」
「お弁当よ、おむすびを握ったの」
満面の笑みで答える。
「準備万端って訳ね・・・分かったわ、行きましょうか」
「やったー、早速出発だね」
エリは私の手を引いて外に出ようとする。
「待ちなさい、準備くらいさせなさい」
「はーやーくー」
彼女は私の手を離し門のあたりで振り向き叫ぶ。

スミは幻想郷に来てから、エリに振り回されっぱなしな気がした。
でも、それも嫌いじゃない、いやむしろ楽しんでいた。
要するにどんな形であれ、楽しければどうでも良いのである。





数分後

私達は、村から少し歩いたところにある小さな山に来ていた。
あまり人の手が入っていない山道に、木漏れ日が差し込んでいる。
飛ばずに歩くのは、

「せっかくだから歩いていこう」

と言うエリの提案だ。
何がせっかくなんだろうか。
まぁ確かに、たまにはこういうのもいいかもしれない。

と思ったのだが。
「ねぇ、どこまで歩くのよ」
「もうちょっとで頂上なはずだけど」
少し傾斜のついた山道は思いのほか辛かった。

家を出てもう随分歩いた。
正直ヘトヘトだ。

「もう、かなり登ったはずなんだけど、おかしいな」
エリは首をかしげる。

なんだか見た目の印象よりも時間がかかっている気がする。
遠くからでは小さな山に見えたのに、まだ頂上さえ見えていない。

「エリ、少し休まない?」
疲れた、足が痛い。

「うん、そうだね。少し休もっか」
私を気遣ってか、快く承諾してくれた。



「ねぇ、スミちゃん」
木の根に腰掛け、一息ついていると、
唐突にエリが話しかけてきた。
「なに?」
声色が真剣だったので、彼女の方を向き聞く体勢を整える。
彼女はしゃがみこんで地面に木の枝で何か絵を描いていた。

「私は、誰かの役に立てているのかな?」
「なによ、突然」
いきなり、わけのわからない質問に戸惑う。
「ごめん、忘れて」
私が答えに困ってると、エリはそう言って話を打ち切り、俯いてまた絵を描き始めた。

ふとエリの描いていた地面を見ると、家のようなものが沢山描いてあった。
その周りには、人間だろうか、皆今のエリの顔と対照的に笑顔である。

そうか、この子はまだ。

幻想郷に来る前
私達はある山奥の村で守り神をしていた。
しかし、村はある日滅んだ、私達は非力で
ただその様子を見守ることしかできなかった。
村が終わる日、見守ることしかできなかった私たちはさんざん罵倒され、恨まれ、憎まれた。
私は、そもそもあまり人間に興味なかったしどうということはなかったが。
エリは相当堪えていたようだ。

幻想郷に来て少しは傷がいえたかと思ったが、
まだ、心の傷はだいぶ残っているようだ。


「・・・」


長い沈黙が流れた。


「私は・・・」
私は、長い沈黙を破るため口を開く。

「私は、楽しいよ」
私の言葉にエリは動きを止めた。
聞いてくれているようだ。
「あなたと一緒で毎日が楽しいよ」
まぁ、これは本心だ。
幻想郷に来る前から一緒にやってきたのである。
楽しくなければ一緒に居ないし居られないだろう。

「だから・・・まぁ、少なくとも私を楽しませる役には立ってるんじゃないかな」
私の言葉にエリは顔を上げる。
今にも泣き出しそうな顔だった。

「何よそれ、私が使用人みたいじゃない」
心外そうにエリが言う。
「あら、違うの?」
「酷いわね」
「安心して、ペット位には思ってるから」
「もっと酷い!?」
「あら、ペットは家族だって人もいるのよ」
「じゃぁ私の事を家族同然に思ってくれているってこと?」
「そうね、私にとって、あなたは家族みたいなものだわ。」
「うれし・・・くない!やっぱりペットは嫌だよ!」

二人で笑い合う。
さっきの重い雰囲気はどこへ行ったのやら。

一通り笑い合い落ち着いてきたところで
「でも、本当にあなたは家族同然に思っているわよ」
と、私は切り出した。
すると、エリは驚いたようにこちらを見てから
「うん、私もだよ、ありがとう」
満面の笑みで私に微笑んだ。
やはり彼女には笑顔が似合う。
彼女が目に溜めていた涙は、いつの間にか笑い涙に変わっていた。

「さて、そろそろ行こうか」
エリが立ち上がって言う。
「もうすぐお昼になるしね」
もう、太陽は真上へ登ろうとしていた。
また、二人は歩き出す。


それから、三十分以上歩いたが不思議なことに一向に頂上が見えない。
「いくらなんでも、これはおかしいわね・・・道に迷ったのかしら・・・」
「あ!あれ見て!」
私が考えを巡らせていると隣でエリが地面を指さして叫んだ。
隣でいきなり大声を出さないで欲しい。
耳がキンキンする。

「何よ」
私は耳を抑えながらエリが指さす方を見る。
「あれは・・・」
そこには、村と村人の絵が描いてあった。
明らかにさっきエリが描いたものである。


聞いたことがある。
人を道に迷わせるイタズラ好きな妖精達が居ると。
その話を聞いた時は迷惑な妖精達だなぁと思った。
その妖精達だと確定したわけじゃないが
いざ、出会ってみるとやっぱり迷惑である。

さて、どうしたものかなぁ・・・

その妖精達は三人組で行動しているらしく
姿を隠せ、音を消せて、獲物の気配を探れるらしい。
本当にそんな能力を持った妖精がいるのか
今でも正直信じられないが、その線で行動したほうがよさそうだ。

それにしても、厄介である、見えもしないし、音もしない。
そんな完璧な透明人間どうやって見つけ出すのか。
いや、透明妖精か。

まぁ、運任せでなんとかなるかなぁ。
もし、相手が妖精じゃなかったとしてもそっちのほうが対応しやすい。


私は生まれ持った自分の力をエリに使う。
「エリちょっとそこらへんを走ってみて」
「え?走るの?いいけど」
私の言葉に戸惑いながらもエリは走り出した。
そしてコケた。
「運がいいわね」
他人の運を変動させることができる私の能力。
効果は安定しないけどこういう時は万能ね。
エリは地面から数十センチ浮いたところで何かにもたれかかる様に静止していた。
「妖精さん、姿を現したほうが身のためよ」
私が笑顔でそう言うと、エリと地面の間に三人の妖精が姿を現した。


「すみません、出来心だったんです」
三人の妖精が声を揃えて言う。
赤、白、青の三人の妖精を捕まえたあと。
正座させて、イタズラの理由を聞いていた。
と言っても理由なんて無いに決まってるのだが。

この三人は
赤いのがサニーミルク
白いのがルナチャイルド
青いのがスターサファイア
と言うらしい。
身長はとても低く、特徴的な羽を持っている。

「まぁまぁ、そこらへんにしてお昼食べない?」
さて、罰は何を与えようかと考えていると、エリが包を広げながら言った。
「そうね、お腹も空いたしここで食べちゃいましょうか」
もう太陽はてっぺんを過ぎていた。
朝から歩きっぱなしだったし、流石にお腹が空いていた。

「じゃぁ、私達はこれくらいで・・・」
「一緒に食べようよ妖精さん、おむすびなら沢山あるし」
サニーミルクが一言言って三人でこそこそと出ていこうとするのをエリは引き止める。
「いいんですか?」
スターサファイアが申し訳なさそうに言う。
「いいよ、みんなで食べたほうが美味しいしね」
エリは、ニコっと笑って言う。
もう、迷わされていた事も忘れてしまったのだろうか。

まぁ、いいか、食事は人が多いほうが楽しいのも事実かもしれない。
それに、幻想郷のこともいろいろ聞けそうだ。

その後は、五人でお弁当を囲み、世間話に花を咲かせた。


「よし、ご馳走になったし、とっておきの場所に連れて行ってあげるよ」
食事も終わり、一休みしていると唐突にサニーミルクが私たちに言う。
先ほどから三人で何やら話し合っていたが、おそらくこのことだろう。
「どうする?」
私はエリの方を見る。
「ついて行ってみましょうよ」
エリは目を輝かせている。
異論もないので私達はサニーミルク達についていくことにした。


「もう少しで着きますよ」
スターサファイアが後ろの私たちを振り返りながら言う。
ここまで、山道を外れ、薄暗い道なき道を草をかき分けて来た。
ほんの数分で、午前の何倍も疲れた気がする。
一体秘密の場所とはなんなんだろうか。
期待しながらも不安で仕方がない。
そんなことを思っている間に着いたらしく
私達の横を一陣の風が通りすぎ、視界を光が埋めた。

「わぁ・・・」
「これは・・・すごいわね」

目の前の光景に私たちは言葉を失った。

着いた所は森が大きく開けた場所で
太陽の光がさんさんと降り注いでいる。
一面、赤や白や黄といった草花が地面をおおい。
太陽光は草花に反射してすべてが宝石のような輝きを放っている。
この世のものとは思えないその風景は、どこか神々しくもあった。

綺麗だと、これほどに素直に思ったのはいつ以来だろうか。
もしかすると初めてなんじゃないだろうか。

「ここはね、人が殆ど足を踏み入れることがない、私たちの秘密の場所なの」
ルナチャイルドが驚いている私たちに、説明する。
「そう、だからほかの人には秘密だよ」
サニーミルクは人差し指を立ててそう付け加える。
そして、私達に手を差し伸べてきた。
「ほらほら、まだまだ日は長いよ、遊ぼう」
私達は顔を見合わせると一緒にサニーミルクの手を取った。

その後は夕暮れまで飽きるほど遊んだ。



「また、遊ぼうね!」

サニーミルクが手を振っている。

私たちもそれに応えて振り返した。

日が暮れてきて、帰る時間となって私達は帰路についた。

幻想郷に来て毎日が充実していて早く過ぎていくような気がする。

何にしろ、今日はいろいろ驚きや発見があって楽しかった。

「ねぇ、明日はどこへ行こうか」
「勘弁してよ、明日は休ませて、今日は疲れちゃったわ」
「そうねぇ、じゃぁ明後日ね」
「はいはい」

願わくばこの楽しい毎日が続きますように。




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